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2023.6.20

ベンチャー企業における信託型ストック・オプションへの対応

国税庁が、信託型ストック・オプション(以下、SO)について、権利行使時には課税されず、売却時に課税されるという納税者側の従来の解釈を否定し、権利行使時に給与課税がなされるSOに該当するという見解を示しました。
国税庁としては解釈の変更ではなく、元々その解釈であった、という立場のようで、いわば、納税者側が勝手に間違った解釈をして進めてきただけで、過去に付与され既に行使されているSOも遡って給与課税として課税処理されるという立場も合わせて示しています。

信託型SOを発行してきたベンチャー企業としては、企業にとっても役職員にとっても大きすぎる影響があることから、「なぜ今さら??」と戸惑っているケースが多く見受けられます。

何が起きたのか、具体的にどのような影響があるのか、既に発行してしまっているベンチャー企業はどのように対応すればいいのか、について述べていきます。

信託型SOに何が起こったのか?

まず、信託型SOがどのようなものか、を理解しておく必要がありますが、
信託型SOとは、

    • 会社の発行するSOを直接従業員に付与するのではなく、一旦信託に付与する

    • 従業員は会社の設定したポイント制度などにより将来受け取れるSOをポイントでまず受ける

    • 信託終了時に受け取ったポイントなどに応じてSOの付与を受ける

    • 税制適格SOや税制非適格SOではなく、有償SOの一種に該当するため権利行使時には課税されず、あくまで売却時に課税される(と考えられていた)

という概要のものになります。

権利行使時に課税されないSOとして税制適格SOが挙げられますが、こちらは直接従業員に付与する必要があり、また譲渡制限が付されないと税制適格の要件を満たさないことから、発行時に在籍している役職員にしか付与できないというデメリットがありました。
ところが、信託型SOであれば一旦信託に付与して信託終了時に事前に設計されたルールに則って役職員等に譲渡することから、将来入社する社員にも付与することができ、また付与後に特定社員の付与数を減らしたくなった場合に付与数を調整することもできるため、利便性のよさから注目されました。

これに対して、一回信託を経由する(+信託はSO取得に際して支払いをしている)としても、結局は役職員に(直接)付与されるものであることから、有償SOなどではなく、給与的な性質を有するものであり、付与された役職員は権利行使時に給与課税される、という見解が示されたのです。
役職員に直接付与されるものと考えられるのであれば、税制適格SOの要件を満たしているならば権利行使時にも給与課税はされないという判断ができそうですが、そこまで想定して設定されているケースは稀と考えられることから行使時に給与課税を受けてしまうものが大半なのだと思います。

そもそも適格要件の一つとして上記のとおり譲渡禁止ルールがあり、ここが信託を通すので満たせないと考えていましたが、国税の判断としては一旦挟んでいるだけで従業員への直接付与に該当すると考えているというところも驚きでした。



発行されている信託型SOに対する影響の考察

SOでは課税される時点とその課税の税率が様々です。
税制適格と税制非適格では下記のようになっています。

税制非適格SO 税制適格SO
付与時点 課税なし 課税なし
行使時点 給与課税
(行使時点の株価ー行使価格=給与所得)
課税なし
売却時点 譲渡所得課税(20.315%)
(売却時株価ー行使時株価=譲渡所得)
譲渡所得課税(20.315%)
(売却時株価ー行使価格=譲渡所得)

今回話題になっている信託型SOは、厳密には全く同一ではないものの税制適格SOに近い課税関係になると考えられていましたが、国税の見解として税制非適格SOに近い課税関係になるとされています。
行使時点で給与課税がなされるということは、行使した時点で所得が確定し、給与課税ですので発行体(会社)には源泉徴収義務が生じます。源泉税の納期限は支払日の属する月(SOの場合は行使日の属する月)の翌月10日となります。

給与課税ですので税率は給与の額に応じます。賞与に対する源泉所得税と同様の計算がなされますので、過去の給与の額などによって源泉税率が計算されますが、行使時の株価次第では莫大な所得となり、税率も高くなってしまうことも考えらえます。
会社の株価が上がるほどSOの効果は発揮されるわけですから本来は嬉しいことなのですが、税負担もその分重くなってしまうというわけです。

行使時点での課税は、まだ株の状態であり現金化されていないにもかかわらずなされるものですから、課税されても納税資金はないことが通常です。
会社としても天引きしていないわけですから、どこにも現金がないのに突然源泉税の納付義務が生じてしまうことになります。
そのため実際には行使後即売却をして納税資金を確保しないといけないというのが現実です。

給与課税だから仕方ないのかもしれませんが、ここが変わるだけでも税制非適格の大きなデメリットが多少は解消されるかもしれないのではないかと考えられます。
SOについて税制を緩和していく流れになっているようですので、国税にはこちらについても対策をしてほしいと思います。

ここで、課税されるのは行使時点以降であることに注目すると、今回の解釈に直接影響があるのは、

信託型SOを発行して、役職員に実際に付与している会社とその役職員

といえます。

行使時点では課税されないと考えていたのに、給与課税がされてしまうと通達をされてしまったわけですから、付与を受けたSOのありがたみが半減です。
付与をされた以上は行使をして儲けを狙うのは当然ですが、売却時まで課税が繰り延べられて、しかもその時の税率が20.315%になると期待していたのにいきなり税率が上がってしまうわけですし、納税資金の捻出を考えると長期保有が難しいとなると、行使のタイミングもよく考えないといけません。

さらには、既に行使してしまっている権利者はもう対策のしようがないため、これから給与課税で計算された所得税を納める必要が生じます。
これからまだ会社の株価が上がると期待していたとしても、納税資金のために泣く泣く持ち株を売却するという決断を迫られるでしょう。
企業としても、役職員から源泉税を徴収して、納税をするという負担が生じます。

国税の公式見解、さらにはSOが既に付与されているという事実が揃ってしまっている場合には、給与課税がなされるという前提で動いていかないといけないといえます。

信託型SOは元々アグレッシブなスキームと感じていましたが、このスキームを売っていたコンサルティング会社からは、弁護士による法務チェック、税理士による税務チェックを経ていると言われていました。
ただし、国税の公式見解をとって確実に大丈夫なスキームであることを確認しているかについては、言及していなかったように記憶しています。


信託型SOを発行してしまった後でできることはあるか?

信託型SOについての影響は上述のとおりですが、

・信託型SOを発行して、役職員への付与もしてしまっているが、まだ上場はしておらず、行使の実績もない
・信託型SOの発行はして信託への付与はしているが、まだ役職員への付与はしていない
・信託型SOの発行を決めて関係各所への支払いはしているが、まだ実行はしていない
・まだ信託型SOを検討していた段階
という会社は、まだできることがあります。

今回、一見ドラスティックに見える見解を示した国税ですが、同時にセーフハーバールールを提示してくれました。
これまでの実務ではSOの行使価格の設定をする際には発行時点の時価を主に採用していましたが、財産評価基本通達による算定をしていい、という判断を示してくれたのです。

財産評価基本通達は、株式の譲渡・相続等については会社の規模に応じて税務上の株価算定方法を規定しており、多くの非上場会社では純資産額基準での算定が適用されます。
会社の純資産を基本として株価の算定をしていい、というわけです。
資金調達の必要もなく業績好調の会社ももちろんありますが、多くのベンチャー企業では投資先行で純資産額が非常に小さくなっているケースが多いと思います。
業績が好調だったとしても、新株発行時の株価実績よりは純資産額基準で計算された株価の方が低いことが通常と思います。
今回の見解ではこのより少額な純資産額を基準として会社の株価を算定し、行使価格を決定していいとされました。

まだ行使の事実が生じていなかったり、上場して客観的な時価が形成されていない会社では、SOの発行をやり直して純資産額を基準としたSOを再発行すればいいわけです。
さらには、既に発行されてしまっている信託型SOについても、契約の見直しにより税制適格SOの要件を満たすように変更する余地があるともされています。

政府の方針としてベンチャー支援を宣言してきている中でなぜベンチャー企業の勢いを削ぐような判断をしたのか、という意見も噴出していますが、このセーフハーバールールは非常に大きなメリットをもたらすいえます。
今後はテクニカルな手法を駆使したSOは無くなり、シンプルに税制適格SOを付与する会社が増えていくのではないでしょうか。
有償SOでも、信託型SOでも、純資産額を基準とした税制適格SOに勝る効果を発揮するケースは極めて稀と考えられます。

ただし、既に上場してしまっている会社の場合には、信託型SOの行使がない場合でも、行使価格の設定では株式市場での株価が適用されてしまうため、特に有利な条件でのやり直しをすることは困難と考えられます。

今後の国税の情報提供に注目

上記の今からできる対策として記載した財産評価基本通達による行使価格の設定は、所得税基本通達や租税特別措置法通達という形で公開される予定となっています。
基本通達というのは法令に該当するものではないため法的な効力があるわけではないですが、国税庁の公式見解に近いもので、実務的にはほとんど”ルール”に近い立ち位置のものとして扱われています。
ただし、基本通達への記載は本稿作成時点ではまだ正式なものではなく、予定です。

今後の国税の情報提供に注目が必要ですし、セーフハーバールールのような救済措置が追加で出てくる可能性もございますので、引き続きSOを取り巻くルールの動向は追う必要があります。
実際に、年間1200万円を上限としている税制適格SOの行使枠についても、拡大または制限の撤廃が検討されています。

今回はメリットを最大限に享受できない方もいらっしゃったとは思いますが、引き続きリスクをとってベンチャー企業で働く方にメリットのある(ベンチャー企業で働くインセンティブとなる)制度が整備されて、ベンチャー界隈がもっと盛り上がりをみせてくれると、日本の成長につながるのではないかと考えられますので、期待していきたいと思います。

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